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2012年2月 4日 (土)

オルガン奏者、ヘルムート・ヴァルヒャ

音楽の記事が少ないなあと思って、たまに書きます。

私は本当に小さい頃から音楽に救われてきたというか、関わって来たとも言えるし、
今でも仕事中色々の音楽をかけっぱなしで過ごしています。

大学生の頃、たまに原因不明で夜眠れない事がありましたが、

救ってくれたのがヘルムート・ヴァルヒャというオルガン奏者の演奏した作品

「18のコラール」です。

ヘルムート・ヴァルヒャはJ・S Bachの鍵盤曲演奏家の最高権威と言われた人です。

このひとのBachは荘厳さ、精神性の高さで本当にすごいです。

私はチェンバロ奏者としてもオルガン奏者としても最高に好きです。

1991年に亡くなられています。

フランス組曲、ゴールドベルク変奏曲、平均率などのチェンバロ作品。

トッカータとフーガ、パッサカリアなどのオルガン作品。

どの作品をとってもヴァルヒャでしか表現出来ない音宇宙です。

「18のコラール」は心の静寂をプレゼントしてくれました。

それ以外、表現する言葉が見つからないのですが。

最近はクリスマスの夜、キャンドルかなんかで、家族でケーキを食べるような時、

BGMにしたらかなり良かったです。

持っているのは、アナログレコードのアルヒーフ盤「18のコラール」ですが、

6つのコラールと18のコラールが一緒になってCDになっています。

* * * * * * *

ヘルムート・ヴァルヒャ

オルガン・チェンバロ奏者。1907年ライプツィヒに生まれる。

1991年没。

ヴァルヒャは幼い頃に天然痘に罹った結果(または種痘の副作用の結果)、視力を奪われ、ライプツィヒ音楽院在学中の16歳までに完全に失明した。

少年時代は母親によって、結婚してからは夫人によって、左右の手(と、オルガンの場合は足鍵盤)のパートをそれぞれ別個に演奏してもらい、それぞれを絶対音感によってしっかり記憶に焼き付けてから一つの楽曲へとまとめ上げたという。バッハの鍵盤作品は40歳頃までに異稿まで暗記。

ギュンター・ラミン氏に師事。

その後1926年には聖トーマス教会の副オルガニストに就任するも、1929年以降はフランクフルトに拠点を置いて、フリーデン教会のオルガニスト、フランクフルト音楽大学教授、ドライケーニヒ教会オルガニストといった職を歴任。

ヴァルヒャの演奏は当時、新たな規範的演奏とみなされた。のちに古楽器による演奏が全盛時代を迎えても、彼に取って代わる演奏はいまだ現れていないと評価する者も多い。

ヴァルヒャのバッハ演奏はポリフォニックな旋律線を一本一本、くっきりと際立たせて聴き手に聴かせる。不要なストップ増強による大音響で各旋律線を混濁させることなく、バッハの音楽のもつドラマ性そのものを、壮大な建築を思わせる天才的な構成観をもって再現する。その演奏はつねに各声部があざやかに聴き取れる。

楽譜の校訂、作曲なども行なう。厳格なバッハ演奏で一時代を画した。

* * * * * * *

画像:Helmut WalchaのCD「18のコラール」

Walcha

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