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2017年8月 1日 (火)

群馬の温泉旅

一昨日(7/30)まで群馬県へ車で一人旅してました。

 

群馬県の沼田から、尾瀬へと向かい、大好きな立ち寄り湯「花咲温泉」と、

 

国道17号を月夜野から三国峠へ向かい、峠を散策。

 

三国トンネルのすぐ脇が登山口。昔とまったく変わり無いのがいい。

Img_0797

 

三国峠から平標山までの登山道は中学2年の夏、ちょうど7月下旬に父とふたりで

 

初めて山歩きしたところです。

 

またこの道は、20年前の7月下旬、役所を辞めて最後の余った有休休暇で、

 

訪れた場所でもあります。

 

さらには、娘が小学校3年の時の夏休み、初めての登山にふたりで一緒に登った道です。

 

親子三代で訪れている、想い出だらけの登山道です。

 

平標山までの長い尾根道は、ブナ、ミズナラ原生林も深く、

 

だんだんと高山帯の植物まで、豊かな植生が観察できます。

 

鳥や、昆虫の種類も豊富です。

 

今回もこの場所に来れて、本当に良かった。

 

こういうときに、「ああ、役所を辞めて本当よかったー。」

 

って思うんです。

 

帰りには、また沼田まで戻り、花咲温泉のすぐ隣の「ささの湯」をはしごしました。

 

夕方になり、ひぐらしがカナカナカナと合唱の中、露天風呂でくつろぎました。

 

まだまだ、人生も「旅の途中」なんだなあ。

 

そういえば、大好きなスピッツの曲で「旅の途中」というのがあったっけかなあ。

 

* * * * * * * * * * *

 

この旅の途中、吹割の滝に立ち寄りました。

 

Img_0786

 

国道から滝へ向かう路地で、妙な昆虫がややゆっくりと私の顔の前を、

 

ぶーんと横切り、あっ、ハチかなと思いましたが、

 

細くて触覚が長く、 ハチにしては見たこともないブルーがかった胴体で、

 

その瞬間、私が子どもの頃から憧れていた、しかし未だに出会ったことのない、

 

ルリボシカミキリとわかりました。

 

飛ぶのがとても上手で私の手のひらに止まってもすぐにぶーんと飛び立って行く。

 

道に沿った私有地の垣根から、その家の花に止まったところを写真に撮りました。

 

ルリボシカミキリ、ついに出会った!


Img_0787

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コメント

crispy さま


初めまして。
少し前から、
津留晃一さんワードから、こちらのブログを拝見させていただいてます。
gowと申します。


ロム専用で、これからも密かに読ませて頂こうと思っていたのですが、
日々の生活に耐えられなくなってきてしまい、思わずコメント残させていただきました。

良かったら教えていただけると嬉しいです。

20年前に公務員をお辞めになられた時の心境というのは、やはり、並大抵の覚悟では出来ない行動だったと思うのですが、
その時というのは、かなり自分の中で追い込まれた上での決断だったのでしょうか。

それとも、例えやめたってどうにでもなる。というような確信のようなものがあったのでしょうか。

自分の場合ですと、少しでも余裕があるうちは、(今の環境に対する)
行動に移せないような気がするのです。

窮地に追い込まれて、
もう、こんな生活沢山だ!
こんな人生が続くくらいなら、死んだ方がマシだ!

くらいにならないと、恐怖心や不安が勝ってしまって、動けないと思うのです。
ある意味、どうにでもなれ!みたいな捨て鉢のような感じにならないと。


でも、そのXデーが、じわじわと胸の中に迫っているのを感じています。

今が一番苦しい時なのかもしれません。

crispyさまに、是非ご助言をいただけると幸いなのですが、

現在、私に出来ることというのは、この感情の後に出てくるであろう、次の現象か見えてくるまでは、無駄に足掻かず、自然に任せておけば良いのでしょうか。

最近では、自然に任せておくという意味が分からなくなってきてますが、、、

とにかく毎日が苦しく、けれどどうすればいいのかも分からない状態で、
突然のメッセージを失礼しました。

gow様

こんにちは。
コメントありがとうございます。

公務員を辞めた当時を思い出して書いてます。

  〉その時というのは、かなり自分の中で追い込まれた上での決断だったのでしょうか。

私の場合は全く追い込まれての決断ということではありません。
逆に楽しみの方がほとんどでした。

  〉例えやめたってどうにでもなる。というような確信のようなものがあったのでしょうか。

たぶん一般的な脱サラで独立、とかの人はそうなのかも知れませんが、私は確信なんて何も無かったです。今も、これから先の確信なんてありません。

  〉窮地に追い込まれて、もう、こんな生活沢山だ!こんな人生が続くくらいなら、死んだ方がマシだ!くらいにならないと恐怖心や不安が勝ってしまって、動けないと思うのです。

やっぱり、そんな感じでは全くありませんでした。まして、死んだ方がましとか、考えたこともありません。

私の場合は、辞めるときは、宇宙では守られていない人は誰一人いない。
という感覚でした。今もそうです。

辞めると完全に決断する以前の段階では、苦しい時期もあったかと思います。
とにかく組織というものが苦手でしたので。
でも、完全に決断してからは1年位ありましたがむしろ楽しみなだけでした。

委ねる人生って、どういうのか実践してみようと。
妻も子もいましたので、
家族で絶対に自由な中で平和に生きて行く、という「選択」です。
捨て鉢ではなくむしろ逆で、自分の人生に対して、愛を注ぎ込むということです。
これは今だって毎日実践中です。

こんな感じでした。

自然に任せる、委ねるということですが、
そこには無理してやることは何もないと思います。

ありがとうございました。
crispy


crispy 様

返信ありがとうございます。
とても興味深く読ませていただきました。
不安などなかった、なんて凄いです。。


>宇宙では守られていない人は1人もいない

この境地が全てなんだろうなと思いました。
このことを信じきれるかどうか、なんじゃないかと、読ませていただいて感じました。

自分には、まだまだ手放す観念が沢山あるようです。
読ませていただいて、何だか前向きになれました。
crispy様の文章は、いつも毛羽立った心を落ち着かせてくれます。
読んでいてとても心が安心します。

ありがとうございました。

gow様

こちらこそありがとうございます。

当時の新鮮な自分を思い出す機会でした。

私も手放す観念だらけで、それこそ旅の途中です。

ともに光ある日々を行きましょう。

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